純丘曜彰教授博士: ニュースの蜂

『朝まで生テレビ!』の元ブレインが、硬派ジャーナリズムの精神に基づき、
浮き世の暇つぶし、憂ばらし、肝だめしに、大手の新聞やテレビがひよって
伝えないネタを、勝手取材、執着調査、偏屈考察で突き刺しまくります。 

ショッピングモールが死んでいく

/廃墟と化したデッドモールは、日米欧中、全世界で共通の現象。とりあえずうまくいっているところでも、母親や老人の公園代わりの暇つぶしの場となってしまっており、若者は少ない。ネットモールの隆盛と、晩婚化・独身化・少子化があいまって、家族と車という前世紀的ライフスタイルに依拠した郊外型モールという業態そのものが、長期的には死に向かっていっている。/


 生ける廃墟、稼働4/200店、などと揶揄されたピエリ守山が昨年12月17日に華々しくリニューアルオープンして、かれこれ一年。だが、調子が良かったのは、最初の数ヶ月だけ。昨今、早くももう、あまり芳しいウワサは聞かない。リーマンショックのせいだ、とか、立地が、近隣競合が、とか、いろいろ言われたが、再生もできずに、事実上、潰れ去ったショッピングモール、アウトレットモールは、大阪貝塚のコスタモール(1999〜2009)、岐阜のリバーサイドモール(2000~10)、千葉のコンサート長柄(2004~09)などなど、数知れず。このほか、閉店したダイエーの専門店街などまで入れれば、さらに膨らむ。まだ潰れていないが、潰れるのは時間の問題というところも各地に点在。


 しかし、これは日本だけの問題ではない。郊外型モールという業態を展開してきた米国は、いまや全州が「デッドモール」だらけ。その先駆けのひとつ、セントルイス州クレスウッドコートは1957年にオープン、157店舗あったが、2013年に閉鎖。ドイツでもシュヴェニンゲンにできたレスレ・ショッピングセンター(2010~)が開業当初から廃墟状態で、いまだに揉め続けている。2350店営業可能と世界最大を誇る中国の華南モール(2005~)は、わずか数店のみでもなおまだ営業中とか。


 後発のものは、いかにも計画そのものの失敗のように見えるが、全体を見れば、歴史のあるものも含め、じつは、2009年ころからバタバタと潰れ始めた、と言った方がいい。2009年と言えば、2007年末からのサブプライム、08年9月のリーマンショック、そして、10年のユーロ危機に続く経済混乱の時期だが、このころになってもなお、不景気や海外移転で国内の古い大規模工場などが売却され、その跡地に新規に郊外型モールが計画され続けた。そして、イオンモールやララポートなどのように、うまく軌道に乗ったところもある。つまり、郊外型モールの衰退を、一概に経済状況悪化のせいにはできない。


 むしろ重要なのは、この時期にamazonを初めとするネットモールが一般化してきたこと。また、世界的に晩婚化・独身化・少子化の傾向が見られ、2009年に大型車を得意としてきたGMやクライスラーが破産。家族が車でこぞって郊外型モールに出かける、というライフスタイルモデルが消滅。クリスマスだから、ボーナスが出たから、との「ブラックフライデー」の年末商戦とやらも、勤め先の雲行き怪しく、年功序列の定期昇給を当てに大きな郊外新築住宅を買って長期ローンを組める時代でもなし、日米欧中、どこもともにもはや過去の話。


 きわめて主観的な観察だが、とりあえずうまくいっているモールは、家族より個人客が多い印象。せいぜい母親たちの子連れ、昼間からすることも無さそうな老人夫婦。買って手に持っているものは、妙に少ない。ただ、だらだら、ぷらぷら、実店舗でウィンドウショッピング、フードコートで食事。家で過ごす時間、家族でのレジャーが崩れてしまい、かといってテレビやネットにも親しめず、ただの暇つぶし、公園の代わりにモールに転がり込んできている。一方、若い連中は、車もカネも無いせいか、あまり見かけない。


 この状況は、かなりの崖っぷち。来場人数が増えても、客単価は伸びまい。若者が来なければ、未来も無い。外国人の免税爆買いを呼び込もうとしているが、彼らは短時間で多品種を買い回れるドンキやマツキヨのような廉価日用品集中店や、超高級ブランドがビルひとつに集積している日本独特のデパートを好み、むだにやたら広大で、長時間滞留型の地元客が多く、半端なプレミアムブランドが主軸のモールとは趣向が相容れない。アイドルやキャラクターを週替わりに投入して集客を図っても、それは一時のドーピングで、モールそのものの日常的吸引力には繋がらない。また、初年度はテナント料の猶予で、各店舗も無茶なセールができるが、その後、その重みは、猶予期間分の追徴も込みとなり、経営に大きくのしかかる。


 さして集客力も無いモールに入って、高額のテナント料を払い、長期の契約に拘束され、おまけに、その客寄せにセールを強いられるくらいなら、土地あまりの時代、自前ででかい駐車場付き郊外型店舗を構えた方が得。その方が、必要と状況に応じて、かんたんにスクラップ&ビルト、居抜きの転売もできる、と考える企業も出てくる。実際、有名ブランドとして相応のプレミアム(原価差益)が稼げるところでないと、大型モールの新規建設と価値維持を分割負担する高額テナント料を払い続けることは難しいのではないか。


 要は、リゾートマンション問題やコンビニチェーン問題と同じ。入ってしまったら、一蓮托生。それどころか、搾取され続けるだけ。契約を解消して手を引くのも容易ではない。だが、実状からすれば、いましばらくはいいにしても、長期トレンドとしては、家族や車という、前世紀的な古いライフスタイルに依拠している郊外型モールは、かつての街中のシャッター商店街と同様、沈没、そして、死滅に向かっていっている。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』などがある。)

難民拒絶は連中の思うツボ

/難民を追い返せば、連中まで先進国を恨み、テロリストを増やすことになる。逆にむしろどっぷりと安逸なカロリーとエンタメに漬け込んで、だれも帰って行かなければ、あんな国、すぐに人が枯渇する。いっそジャンクフードやモエマンガでも「空爆」して、先進国の堕落を甘さを味あわせてやってこそ、「価値観を共有」できるようになるのではないか。/


 難民にテロリストが混ざっている、受け入れるな、という世論の喚起こそ、連中の思うツボ。命懸けでやってきた一般の難民がテロリ国に追い返され、閉じ込められ、そこで空爆を受け、連中に洗脳されれば、いよいよ反欧米の敵意は募り、ホンモノのテロリストがさらに大量に養成される。


 「打倒鬼畜米英!護持神国日本!」なんて叫んでいたこの国が、ころっと親米にひっくり返った理由は、空爆でも原爆でもない。カロリーとエンタメだ。戦後、膨大なガムだのチョコレートだのに加え、マンガや映画やポルノの大洪水が日本を席巻。東欧が崩壊したのも、まったく同じ。衛星放送で西側の「豊か」な生活が垣間見られるようになったせいで、みんなベルリンの壁を乗り越えてやってきた。人がいなくなって、国も無くなった。


 テロリ国の根幹は、人。欧米先進国に生まれ、もしくは、ようやく移り住んんだものの、その豊かさの恩恵から排除された連中。すぐ目の前に贅沢がぶら下がっていながら、自分たちには手が届かない。それで、酸っぱいブドウよろしく、あんなものは堕落だ、腐敗だ、破壊してやる、ということになる。ナチスやスターリン、ポルポトなんかも、みんな同じ。だから、攻撃の標的になるのも、政府の要人じゃない。スポーツスタジアムだの、ポップコンサートホールだの、こじゃれたカフェだのにたむろする一般大衆。


 でも、ほんとうはみんなカロリーとエンタメが大好き。米国を見てみろ。豊かさに絶対に手が届かない、本当ならいつ暴動を起こしても不思議ではないような下層連中には、とてつもないハイカロリーのジャンクフードとコーラにビール、とめどない流しっぱなしのバカドラマとスポーツで、安楽なカウチソファから立ち上がるいとまも与えない。生きながら腐った廃人にしてしまう。いろいろ文句があったって、ビールやコーラをかっくらい、ジャンクフードをわしづかみにしながら、次の試合、次の放送が始まれば、すべて忘れ、我も忘れる。


 難民だか、移民だかも、みんな入れてやって、どっぷりと日本の生活保護並みの「安逸地獄」に漬け込んでやったらいい。だれもなんにもやる気が無くなる。こうして先進国からだれも返って来なければ、テロリ国なんか、さらに住民が逃げ出して、すぐに人が枯渇する。あんなところ、人が減ったら、すぐに無人の砂漠に戻っていってしまう。なんなら、直接、あのテロリ国の連中の頭の上に、喰い切れないほどのジャンクフードと、しょーもないモエマンガだの、ポケットゲームだの、エロDVDだの、大量に「空爆」したやったらいい。やつら、一生懸命に処分しようとするだろうが、ぜったいに隠し持って楽しむやつらも出て来て、仲間割れして自滅する。


 先進国の先進国たるゆえん、その最先端の「武器」は、爆弾やミサイルじゃない。安価無限に大量生産され続けるカロリーとエンタメだ。これほど人間に戦意、やる気を喪失させるものはない。もちろんテロリ国の中には、信仰心と自制心で最後まで抵抗するヤツもいるだろうが、そういう極端で奇特なヤツがいくらねじ切れても、ありあまるほどの物量の流入を前にしては、次第に孤立していくのは自明の理。そのうち、中国のように、自分たち自身でもジャンクなカロリーとエンタメを粗製濫造するようになる。そして、遠からず自家中毒に陥って、堕落しきった「先進国」の我々とも「価値観を共有」できるようになるぞ。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

マンション・リスクと限界国家

/購入と賃貸、どっちが得か、というと、もっぱらローンと家賃の比較。今回のような所有リスクを考えていない。こんな信用ならない、人口減少の限界国家の中では、資産や地位を持つこと自体が、もはやリスク。いつでも海外脱出して食べていけるような「賃貸」的なヘッジが必要だ。/

 たしかに、都心で、ある程度の広さのある住居は魅力的だ。とはいえ、もちろん一戸建てというわけにもいくまい。となると、マンション。最近は、プール付きのスポーツジムはもちろん、便利なショッピングモールが隣接するような、大規模開発物件もある。


 しかし、今回の一件。残念ながら、どうにもならないのではないか。単純なミスですら、建物の基礎部分となると大きな問題なのに、どうも意図的な手抜きで、それがバレないように作為的なデータ改竄の隠蔽までやっている。規模が規模だけに、だれか一人がやって、他のだれも気づかなかった、などということがあろうはずもなく、組織的な、場合によってはトップ層も承知のことか。文字通り、地中の奥深く埋めてしまえば、だれも掘り返しはしない、と思ったのだろう。そして、ゴキブリのように、1匹見たら20匹を疑え、という方が実際に近い気がする。


 どうにもならない、というのは、改修の規模だけの問題ではない。所有権が大勢に分割されてしまっている以上、所有者たちの中での意見調整コストが莫大すぎる。それぞれに年齢や所得も異なり、家族構成も、学童や通勤の都合、ローンの支払形態も異なるだろう。いくら売り手側が、誠意を持って、などと言っても、そんなもの、買い手側の意見がまとまらないのでは、どうしていいか、決まりようがない。


 よく、購入と賃貸、どっちが得か、という話があるが、たいていはもっぱらローンと家賃の比較。今回のような所有リスクを考えていない。所有者は、他人に売却できないかぎり、当事者責任を負い続ける。それも、戸建てなら自分で交渉や決断もできるが、こういう広義の「共有」では、一人で勝手なこともできない。かといって、売却して手を引こうにも、すでにトラブルが発覚しているマンションの所有権など、好んで買う第三者がいるわけがない。


 すでにバブル期に建てられたリゾートマンションでは、相続などの結果、所有者が不明確になり、管理費滞納が蔓延し、水道や暖房、エレベーターなどの共有施設の保全改修すらままならないところが続出。都心の高級タワーマンションなどでも、外国人が投資のために買いあさっているものも多いそうだから、これから同じようなトラブルが多発して、設備の更新が必要となる築20年目あたりで急激に廃墟化するのかもしれない。


 有名企業のマンションだけではない。超巨大グループですら、事実上の粉飾決算。こんな信用ならない国でヘタに投資などできたものではない。にもかからず、いや、それだからこそ、近年は行政までもが、わけのわからない「共有投資」を強いる。年金なんて、その最たるもの。頼みもしないのに、将来のためにまとめて運用してやろう、なんて言って天引きして、実際は老人世代が原資を山分けにして食い潰してしまっている。政治家たちは、短命な任期中の人気しか考えず、地元ブランド創成だの、第三セクター公共施設だの、一億総活躍だの、およそ民間企業の水準にはるかに劣るドシロウト以下のデタラメのバラマキ。いずれその手を広げすぎたツケで、水道や道路などのような本来の生活基盤の方の保全改修が滞るのは、自明の理。


 共有はもちろん個人でも、この国の中で資産や地位を持つこと自体が、もはやリスク。人口減少というのが、ファンダメンタルの致命的なボディブローなのだから、まさにあのマンション同様、行政も企業も社会も、なにもかもが傾いていくことは必至。つまり、この日本そのものが、限界集落ならぬ「限界国家」へ突き進んでいる。このリスクをヘッジするには、「賃貸」的生活、つまり、できるだけ余計なものは持たず、なにごとも経常費用と割り切って即金支出で決済し、ヘタに立身出世して責任者になったりせず、むしろ、いつでも身ひとつで海外脱出しても生活が成り立つように、手に職を付け、語学に励んでおく。残念ながら、それくらいの対策しか思い浮かばない。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。)
ギャラリー