/1985年の『ニュース・ステーション』に始まったニュースショーは、キャスターという奇妙な、人脈依存のタレントたちを数多く創り出し、世論操作的に政権を転覆させたが、そのことが報道の現場を歪め、本物のジャーナリストたちの怒りを買っている。/


 師走にもなって大いに盛り上がったバカ話だが、その闇の奥は、じつはかなり深い。なんでこんなたそがれた連中の何年も前の話が、いまさら表沙汰になってテレビを賑わすか、と言えば、その背後で報道業界の大きな解体が起こっているからにほかならない。
 
 今回の一件も、もとはと言えば、大桃のツイッターなどではなく、武闘派で知られるジャーナリストの日垣隆が、10月9日のツィッターで、山路が愛人の麻木にたかっている、と言及したことだ。その後、山路が11月7日にミャンマー入国で拘束され、これを心配した大桃が12月20日にネット検索して、日垣の情報を知り、思わずそれをツイートしてしまった、という経緯。
 
 しかし、その最大の標的は、山路でも、麻木でもなく、もともと彼が揉めているTBSラジオの番組問題。日垣は、もともとTBSラジオで、野球中継オフ期の日曜夜の「サイエンス・サイトーク」というインタヴュー番組を1999年来、担当していた。ところが、9月22日、日垣は、スタッフの変更と減少を理由に、今年度の番組の初回録音に現れず、番組の制作費流用の疑いをツィッターで撒き、9月25日には損害賠償として1500万円を要求。TBS側は、三条毅史が、プロデューサーの体調不良によるスタッフ変更であって、制作費流用は無い、と反論。日高は、三条が麻木の熱烈なファンであることを承知で、先の言及となる。
 
 これまた、なんとかならんかねぇ、というような、業界でよくあるようなコジレ話。しかし、これが不倫話とリンクするのは偶然ではない。さらに根をたどれば、1985年にまで遡る。日本教育テレビ(NET)は、1957年に、日経、東映、旺文社などによって教育番組専門局として創設されたもののの、営業的には完全に失敗。その後、朝日新聞の傘下となり、77年に「テレビ朝日」となって、かろうじて全国ネットを確立するも、「万年4位」と言われ、視聴率的にも低迷していた。スポンサーと媒体の拡大を狙う電通は、1980年に米国でスタートしたCNNを参考に、「報道」をウリにする大変革を試みる。このために、ワイドショーから社内叩き上げの小田久栄門が、報道局の次長に滑り込み、報道関連のアークヒルズ移転を期に、1985年に『ニュース・ステーション』を立ち上げた。


 『ニュース・ステーション』の成功を追って、TBSは、89年、朝日新聞社から筑紫哲也を引き抜いて『NEWS23』を、一方、テレビ朝日は、同89年、毎日新聞社から鳥越俊太郎を引き抜いて(上層部の筑紫との交換トレードで現場に押しつけられたとのウワサあり)『ザ・スクープ』を始める。この前後、テレビ朝日では、84年に『CNNデイウォッチ』、86年に田丸美寿々の『モーニングショー』、87年に『CNNヘッドライン』が始まり、女性ニュースキャスターたちが脚光を浴びるようになる。局アナから独立してテレビ朝日と専属契約を結ぶ小宮悦子は『ニュース・ステーション』発足当時からのサブキャスター、その後にフジで活躍する安藤優子も『ニュースステーション』のレポーター出身だ。大桃は、89年にTBSの『地球!朝一番』でキャスターに。『オールナイト・フジ』出身の麻木も、遅ればせながら、95年にテレビ朝日の『サタデー/サンデー・ジャングル』でキャスターに転進している。
 
 注意すべきは、これらのニュースショーの多くは、局の報道局の制作ではなかった、ということだ。つまり、報道番組ではなく、ニュース素材を使った情報ヴァラエティ、と呼ぶべきものだった。『ニュース・ステーション』の司会者久米宏らをマネジメントするヴェラエティ番組制作会社にすぎなかったオフィス・トゥー・ワンは、報道情報番組制作会社へと大きく変貌する。老舗のテレビマンユニオン、ドキュメンタリージャパン、日本テレワークなどのほか、有象無象が報道番組制作会社を立ち上げた。山路のAPFも、そのひとつ。とにかく、ニュース素材は、高値で売れるのだ。毎日、数時間ものニュース番組の枠を埋め、他局と競って高視聴率を保つのは容易なことではない。局の威信を賭けて、特ダネが欲しい。まして、特落ち(特ダネ落ち、他の各局が取材しているのに自局だけ絵が無い)は絶対に避けたい。バブルによって、国際情報が株価や為替に影響するようになると、株や為替に関係のない連中まで、ニュースに浮かれた。キャスターも、本来の意味での番組責任者ではなかった。ゴルフ三昧の日々を送り、打ち合わせの直前に来て、延々と鏡の前で髪を整え、原稿を読み上げ、一般ウケしそうなコメントをするだけ。

 とくに93年9月の『ザ・スクープ』の中国死刑囚臓器売買ヤラセ事件は、今にして思えば、全体の構図を象徴していた。外部の制作会社のせいにして、番組のキャスターである鳥越は、まるで他人ごと。じつは、このとき、鳥越を含め、テレビ朝日は、8月に成立した細川新政権に係り切りだった。10月13日の産経新聞によって問題視されることになる9月21日の日本民間放送連盟の放送番組調査会で、テレビ朝日報道局長椿貞良が、「小沢一郎氏のけじめをことさらに追及する必要はない。今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか」「共産党に意見表明の機会を与えることは、かえってフェアネスではない」とのとの方針で局内をまとめた、との趣旨の発言を行い、そのうえ、自民党を悪代官のイメージに、野党側を善人のイメージにした、新政権はテレビ朝日が作った、と言ったとか、言わないとか。テレビ朝日は、翌年の夏までかかって社内調査を行い、この発言は事実ではない、として、郵政省は厳重注意だけで沙汰止みとした。
 
 社内調査で、そういう方針など無かった、というのだから、無かったのだろうが、衆議院の証人喚問で、椿報道局長を追求したのは、現自民党総裁の谷垣禎一にほかならない。そして、朝日新聞社と毎日新聞社、テレビ朝日とTBSの当時の報道番組ブームの中での制作会社を介した結びつきは、独立の全国ネット局とは思えないほど、複雑に絡み合っている。安保運動や全学連などで活躍した人々の両局のゲストや制作者としての出入りまで含めれば、どう見ても公正・中立・客観とは程遠い。
 
 しかし、2000年代に入って、各局のニュースショーは、自滅的に死臭を放ち出す。最大の原因は、細川新政権によって報道局の自民党人脈が使いものにならなくなったのと時を同じくして、バブルもはじけたはずの1994年ころから、キャスターやコメンテーターのギャラが、一般タレント以上に法外に高騰していったことだ。局アナにすぎなかった連中も、次々とマネジメント会社に籍を移し、ギャラを釣り上げた。高橋圭三の圭三プロ、関口宏の三桂(大桃はここの所属)、女性アナ専門のセントフォースなどに加え、個人事務所が乱立。局内に残った記者も増長し、報道人として致命的なはずの不明朗な金銭問題で社内処分を受けながら、いつの間にかコメンテーターとして画面に復活しているやからもいる。この結果、ニュース素材を取材する現場の方の予算を絞り込まざるをえなくなった。このため、制作会社の方でも、キャスターやコメンテーターのマネジメント業務に手を広げ、番組にキャスター以下のキャスティングを抱き合わせして、番組を丸ごと囲い込む動きが強まった。

 しかし、制作会社の中においても、団塊世代の創立メンバーが高給の管理職として上層に吹きだまり、実際の制作現場、取材現場は、薄給未熟練者たちのみによる長時間多重労働に追いやられた。この結果、無理な企画や取材が現場に押しつけられ、ヤラセや捏造を生む結果となった。2007年に発覚した関西テレビ系列の『発掘あるある大辞典』のヤラセや捏造の常習は、1998年から始まっていることが、その後の検証によって明らかになっている。ニュースショー番組でも、売り込みのガセネタに飛びついてしまったり、ヤラセや捏造、違法な取材など、異常な問題が増え続けている。山路のAPFでも、2007年に長井健司が現地取材中に殺害されてしまったが、事前調査と安全装備の不足が指摘されている。くわえて、APFは、TBSの『報道特集NEXT』における2009年の偽造紙幣の取材で、違法手段を採り、BPO(放送倫理・番組向上機構)に「常識の欠如」とまで非難されている。
 
 さて、今日、長引く不景気、ネットの拡大、視聴率の低迷などを受け、テレビ局は、どこもギリギリの経営を強いられている。これほど過剰なニュースショーなど、もともとカネ儲けを目当てに始めただけのものだ。費用対効果がないなら、続けるまでもない。まして、ギャラばかり高く、視聴率に結びつかないキャスターやコメンテーターなど、なんの意味もない。折しも、80年代にニュースショーを成功させて出世した重役たちが、この数年でみな引退している。その昔の愛人だのなんだの、今の現場のプロデューサーやディレクターからすれば、むしろ、やっかい者でしかあるまい。まして、いよいよ民主党が政権を取ったものの、17年前の細川政権当時と変らず、小沢問題で内部分裂を起こしてしまえば、その縁故にすがっているキャスターやコメンテーター、制作会社トップなど、もはやテレビ局にゴリ押しをするための後ろ盾もあるまい。
 
 米国の歴史家ブーアスティンは、1962年の名著『イメージ』において、需要に応じてニュースが作られる現状を批判した。毎日の新聞の紙面を埋め、ニュースの時間をつなぐほど、世間の人々にとって重大な事件など、起こってはいない。紙面や時間に空白を作らないために、あえて相手を挑発し、失言を引き出し、憶測で膨らまし、騒ぎを立てて、往復ビンタでネタにする。しかし、こんなのが報道か。他人の不幸をネタにして法外な大金を得ることに痛みを感じないような連中の、どこか報道人か。

 いま、この時間、年末の深夜、年始の早朝、誰もいない街に出勤し、世界各地からのニュースをチェックし、何事もないことに安堵している報道局員がいる。ときには何日も相手の家の前で待ち続け、心からの信頼を得て、真実を聞き出そうと努めている記者もいる。ましてワイドショーのレポーターは、一日の休みもなく、国内でも、海外でも、ほんとうにどこにでも実際に足を運んでいる。取材の基本は、べらべらと冗舌にしゃべることではなく、まず自分で現場に行ってみること、そして、ただ黙って人々の話を聞くことだ。
 
 画面の中でだけ、うまく立ち回っているやつ、右へ左へカネの工面ばかりして、やっつけ仕事で済ましているやつは、いつかヤキが回る。本人たちはジャーナリストを気取っているが、本物のジャーナリストたちからすれば、彼らほど本物の報道を害している連中はいない。そうでなくても、この四半世紀来の実体のないニュースショーで躍ってきたやつらに対しては、局内のドラマやヴァラエティ、ワイドショーの人々、政治を引っかき回された人々、ニュースショーで紋切り型の取材を受けて人生を狂わされた人々は、積もりに積もった恨みがある。自分たちが取材される側になるのも、当然のツケだろう。いずれにせよ、そろそろこんなジャーナリストゴッコは精算どきだ。
 

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)