純丘曜彰教授博士: ニュースの蜂

『朝まで生テレビ!』の元ブレインが、硬派ジャーナリズムの精神に基づき、
浮き世の暇つぶし、憂ばらし、肝だめしに、大手の新聞やテレビがひよって
伝えないネタを、勝手取材、執着調査、偏屈考察で突き刺しまくります。 

2011年03月

東電のカネに汚染した東大に騙されるな!


/寄付講座だけで、東電は東大に5億円も流し込んでいる。一方、長崎大学は、その買収的な本性に気づき、全額を東電に突き返した。水俣病のときも、業界団体は、東大の学者を利用して世論操作を行い、その被害を拡大させてしまっている。いま、同じ愚を繰り返してはならない。/


 なんと5億円! 寄付講座だけでも、これほどの大金が、東京電力から東京大学大学院の工学研究科にジャブジャブと流し込まれている。これは、東大の全86寄付講座の中でも、単独企業としてあまりに突出した金額だ。(詳細データ http://www.u-tokyo.ac.jp/res01/pdf/20110301kifu.pdf 本記事のコメントも参照せよ)
 
 東大だけではない。東工大や慶応義塾大学など、全国のあちこちの大学の大学院に、東京電力は現ナマをばらまいている。これらの東京電力のカネの黒い本性は、2002年の長崎大学大学院で暴露された。そもそも東京電力が、自分の管区とはほど遠い長崎大学に手を伸ばしたことからも、手口の異様さがわかるだろう。
 
 長崎大学医学部は、戦前の官立六医大の一つという伝統を誇り、その大学院医学研究科を2002年4月から医歯薬学総合研究科へと発展させることになった。ここに突然、東京電力が、9000万円で講座を寄付したい、と言い出した。テーマは、低線量放射線の人体影響。そのうえ、その趣意書からして、原発推進とも受け取れる表現が踊っていた。これに対し、当時の学長、池田高良(まさに被曝腫瘍が専門)は、趣意書の書き直しのみで、カネの受け入れを強行しようとした。
 
 このため、学内外から猛烈な反対論が沸き起こり、夏には混乱の学長選となった。おりしも、東京電力は、福島第一原発三号機で、炉心隔壁のひび割れの事実を伏せたまま、97年にむりに交換し、二千人近い作業員にかなりの被曝をさせ、その後もこの事実を隠蔽し続けていたことが、ようやく発覚した。もはや、なぜ東電が被曝後遺症を扱う池田学長に唐突に大金の話を申し出たのかは明白だ。かくして、代わって斎藤寛(公害問題が専門)が学長に当選。長崎大学は、9月に臨時教授会を開き、東京電力の寄付講座受け入れを取りやめ、すでに大学側に振り込まれていたカネ全額を東京電力に突き返した。

 1956年に水俣病が発見された際、地元の熊本大学は、ただちに現地調査を行い、有機水銀が原因であることを特定し、チッソに排水停止を求めた。ところが、日本化学工業協会は、東大教授たちに水俣病研究懇談会、通称「田宮委員会」を作らせ、連中が腐った魚を喰ったせいだ、などという腐敗アミン説をでっち上げ、当時のマスコミも、この東大教授たちの権威を悪用した世論操作に乗せられて、その後も被害を拡大し続けてしまった。
 
 いままた、同じ愚を繰り返すのか。「核燃料70%の損傷」を、燃料棒292本の7割、204本のそれぞれにほんの微細な傷があるだけ、などという、アホな詭弁解説をまともに信じるほど、いまの国民はバカではない。なんにしても、テレビで口を開くなら、まず、東京電力から受け取った黒いカネを、全額、返してからにしろ。
 
 テレビもテレビだ。公正、中立、客観を旨とする以上、解説を学者に頼むなら、原発賛否両方の学者を公平に呼べ。調べるプロなら、連中のウラ事情ぐらい調べておけ。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)  

#コメント

建築環境エネルギー計画学  単独で1億4000万円
 都市持続再生学       14社で1億5600万円
 ユビキタス
 パワーネットワーク寄付口座 3社で1億5000万円
 核燃料サイクル社会工学   単独で1億5000万円
 低炭素社会実現のための
  エネルギー工学
  寄付研究ユニット    単独で1億5000万円

14000+(15600/14)+(15000/3)+15000+15000  =50114
 
生産技術研究所は、工学系研究科の講義も受け持っており、この部分に東電寄付講座が潜り込んでいます。

 

#追記1 この記事は、長崎大学を無批判に持ち上げるものなどではありません。同大学は、現状でもなお、東大同様、むしろいまだに原発癒着派を少なからず抱えており、彼らの「専門的」発言には大いに注意が必要です。

#追記2 週刊文春4月14日号(4月7日発売)が、もっと具体的に個人名を挙げて、問題の背景を説明しています。(文春の言う長崎大学3000万円は先払金で、総額は9000万円。)

#追記3 この記事を書いた時点では数字のウラが取れなかったので、あえて伏せていましたが、SAPIO7月20日号、NEWSポストセブン6月30日付は、情報開示請求により得た、として、以下の情報を伝えています。「関村直人・東京大学大学院工学系研究科教授5760万円が「受託研究費1 件」の名目で(日本原子力研究開発機構)、山名元・京都大学原子炉実験所教授が「寄付金」の名目で120万円(日本原子力産業協会)、山口彰・大阪大学大学院工学研究科教授が「受託研究」の名目で3385万円(ニュークリア・デベロップメント)……。」#

せめて子供たちには里親を


/今回の震災では親を失った子供も多い。いくら集団疎開でも、彼らをこのままにしておくわけにはいかない。せめて親族を探す間だけでも、心に大きな傷を負った彼らをケアするホストファミリーの受け入れ体勢を整えていく必要がある。/


 ようやく被災者名簿が整理され始めたばかりだが、今回の震災で家族を失ってしまった子供たちも多い。にもかかわらず、まだ幼い彼らまでもが避難所の中で気丈に力を尽くしている姿を見ると、涙が止まらない。
 
 阪神のときの被災者の社会的孤立の失敗の経験を踏まえ、西日本の諸市では、できるかぎり地域コミュニティを保ったままでの集団疎開を準備しているが、子供たちには、それぞれに暖かい家庭と保護者が必要だ。その子だけを見つめ守る目が必要だ。成長しつつある子供の一年、一日は、成人の十年にも匹敵する。まして、今回のことは、精神的にも、あまりに大きな傷を与えている。いつまでも被災地、疎開地で、こんなつらく悲しい思いをさせておくことがあってはなるまい。
 
 正規に養子縁組をしなくてもいい。幸いに後に親族がみつかるかもしれないではないか。親族の生活が落ち着いてその子の引き取れるようになるまでだけでもいい。だが、それだって、彼らの親族捜しを親身に手伝ってあげる人が必要だ。とにかく、当座だけでも、一人一人に、きちんと保護する家族が付いてあげるわけにはいかないのだろうか。
 
 国内でも、カウチサーフィングというネットサイトがある。これは、本来は外国人旅行者との交流を図るためのものだが、ゲストを受け入れられる部屋や環境がリストアップされている。もちろん、子供となると事情が違うのはわかる。だが、教会や寺社、ボーイスカウトのOB会、学校の同窓会などを通じ、信用できる篤志の家族をさらに多く募ることもできるだろう。高校生などは、これを機会に本人が望むなら、ホストファミリーは海外でもかまうまい。いずれにせよ、行政任せというのは無理だ。もう手一杯だ。
 
 ACジャパン(旧公共広告機構)は、さかんに、子供にあなたの手当てを、と言う。だが、いま、あの北の海の冷たい津波とともに、その手の暖かさが永遠に失われ消えてしまった子供たちが数多くいることを思いだそう。自分の子供たちが成長して巣立ち、空いている部屋があるなら、そこに疲れ怯えた子供たちをゆっくりと寝かしてあげよう。そして、あれは悪い夢だった、もうだいじょうぶ、と、あなたが抱きしめてあげよう。
 
 今回のことは、未曾有の天災とはいえ、大人が、自分たちの繁栄と欲得に心を奪われ、歴史の知を忘れ、自然の力をなめ、人が作った堤防でなんとかできるなどと思い上がった結果だ。子供たちには何の責任もない。大人のツケを、未来ある子供たちに回してはならない。こんなことになってしまって、ほんとうにごめんね、と、いくら謝っても、もはやたるものではない。
 
 せめて四月には、新しい学校で、新しい友だちができるように、そして、同じふるさとの子供たちが、落ち着いて会ったり、電話したりできるようにしてあげたい。できるだけふるさとの人々の集団疎開地に近いところで受け入れてあげたい。
 
 集団疎開については、その受け入れ場所や移動方法など、まだ決まっていないことばかりだ。だが、もうすぐ始まる。物事が決まり次第、すぐに対応できるように、受け入れ地域の側でも準備を始めよう。だが、なんども移動ばかりしていると、子供たちは、いよいよ心も不安定になる。がんばれ、などと、励ますのは厳禁だ。里親となる家族だけでなく、地域や学校も一体となって連携し、不安だらけの子供たちのケアができるように、強度のストレスにさらされた子供の心理のことなどをよく学んでおこう。
 

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)  

NHK受信料の大津波がパソコンに襲いかかる!


/今回の震災でNHKがネット再送信をやっていたのは、善意などではない。3月1日から放送法が「改正」されつつあり、夏には、携帯やカーナビはもちろん、ケーブルテレビ、さらには、テレビ機能のないただのネット接続パソコンまで、受信料が課金されることになっているからだ。/


 今回の震災に際し、NHKの放送がUstreamやニコニコ動画で再送信されていたのを見て、やはり国民的大災害だからなあ、などと、感心していたなら、大きな勘違い。昨年12月3日、ほとんどのテレビ局があえてまったくニュースで採り上げない間に、じつは「放送法等の一部を改正する法律」が公布され、今年3月1日からばらばらと条項ごとに施行になってきているのだ。7月24日に、アナログ停波が決定されているが、おおよそ8月末までには、この法律も完全施行となる。
 
 放送法等の一部を改正する、というと、些細な変更であるかのような印象を与えるところが、総務省もなかなか小憎い。実質的には、放送法の根幹から引っ繰り返すもので、施行後は「新放送法」と呼ぶべきものとなる。というのも、この「改正」は、放送法の対象である「放送」の定義そのものを変えてしまうものだからだ。
 
 すなわち、従来は「放送」と言えば、放送法第2条1の2によって「公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信」だったのだが、この「改正」では、「電気通信(電気通信事業法第二条第一号に規定する電気通信をいう。)の送信(他人の電気通信設備(同条第二号に規定する電気通信設備をいう。以下同じ。)を用いて行われるものを含む。)」とし、この条項は、すでに3月1日から施行されている。
 
 くわえて、NHKの受信料に関する旧第32条「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」を新第64条にずらし、これに第4項として「協会の放送を受信し、その内容に変更を加えないで同時にその再放送をするものについても適用する。」という規定が加えられる。
 
 ようするに、先月までのNHKは、無線の放送の受信を普及するだけのものだったのに、今や、あらゆる電気通信手段で日本全国への映像配信を普及する、などという、壮大な国家的事業目的を持つ組織へと「発展」したことを意味する。そして、この壮大な事業のために、携帯やカーナビはもちろん、今年の夏の終わりまでには、ケーブルテレビだろうと、ネットにつながっているだけのパソコン(テレビ機能無し)だろうと、とにかくNHKからの映像が見えてしまうものを持っているやつら全員から、ごっそりと受信料を巻き上げることができるようになる。とくに会社や事務所は、パソコンが置いてある部屋ごと、部課ごとに、個別に1件分として課金されるので、総計すると莫大な金額だ。
 
 東北から関東までぐっちゃぐちゃの状況において、昨日3月18日も、定例閣議でちゃんと「放送法等の一部を改正する法律の一部の施行期日を定める政令」が出され、着々と話は進んでいる。他のテレビ局がさんざんネット配信にちゃちゃを入れてきたのに対し、NHKだけは「接触者層を増やす必要がある」などと言って、昨年12月6日からYoutubeで自局のアニメ番組ほかの無料配信をやって、太っ腹そうに見えたが、それもこれも、こういう下心があればこそ。今回のストリーム配信も、この一環だ。
 
 だれもろくに反対もせず、国民が選んだ国会議員たちがわけもわからず決めちまった話なんだから、いまさらどうしようもない。仕事専用のパソコンなのに、ネットにつながっているというだけでNHKに受信料を取られるのはおかしい、と思うなら、改正法の全条施行前に、プロバイダ側に、再配信も含めてNHKの映像すべてを有害ブラクラとして検閲遮断したファイヤーウォールでも準備してもらうほかあるまい。
 

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)  

復興はない。西日本へ勇気ある撤退を。

 

/今回の震災と原発事故で日本全体の生産性の5%以上が中長期的に失われた。民間も、東北への復興投資より、関東の調整機能の解決と西日本の既存工場の向上を選ぶ。すでに救援物資は全量放出であり、次はとうぶん期待できない。阪神大震災のときのように、避難所で仮設住宅の建設を待っているのは無理だ。/

 

 こういう計算は、以前であれば軍需省ないし経企庁がやったものだ。ところが、市場経済の自由化とやらで2001年にばらばらに解体されてしまった。このため、この非常事態において、一週間かかっても、絶対需要である燃料や食料、医薬品に関してすら、まともに被災地への配給計画が稼働しない状況にある。とはいえ、この役割を現在の業種縦割りの経産省に求めるのは、酷かもしれない。まして、東京一極集中の危険性は、原発並みに、以前から指摘されてきたことだ。

 

 急ぎの概算で言えば、東北のGDPは年400億米ドル。今回の被災で、これが、およそ半減したと思われる。生産設備が無事でも、物流とパワーの破断で、現時点でとうぶん稼働できないものも含めれば、今年度の生産性はさらに低い。くわえて、東北の被害は、関東に致命的な電力不足をもたらした。現在の混乱は、さまざまな調整によって、徐々に多少は緩和していくだろうが、発電能力そのものの絶対的な不足は、今後も中期的(1年以上10年未満)に解決しない。また、関東は、小麦などの輸入食料を除けば、東北に第一次産業を依存しており、近々に生鮮食料品が枯渇する。肥料生産の問題もあり、東北、とくに太平洋側の農業は、今後、数年は期待できない。秋になれば、主食である米の不足も、もっと表面に出てくる。このため、関東の通常年のGDPは、1兆8000億米ドルだが、3時間停電/1日24時間をとりあえずの単純計算のための係数とすると、2000億米ドル以上の減少となる。

 

 日本全体のGDPは、5兆米ドル弱。東北と関東の直接的な影響だけで、およそその5%の生産性が中長期的に失われた。経済の全国的連携性を考えれば、10%を大きく越えるかもしれない。もとより人口減と高齢化で、日本はもはや国力、マンパワーそのものが急激な衰退傾向にある。もちろん、政府セクタが、最善を尽くして公費で東北のインフラの再生を図るだろうが、これまた中長期のこと。ただでさえ赤字公債は破綻寸前、くわえて災害による税収激減の状況では、あまりにも夢のような話だ。この状況では、大手民間企業の復興投資は、東北を生産設備から再生するより、関東の調整機能低下を解決し、西日本で既存の工場の生産性を向上する方に向かうというのが合理的な判断とならざるをえない。

 

 いま、十六年前の阪神淡路大震災の知見が、むしろ裏目に出ているのではないか。あのときの経済的な被害は、局地的だった。阪神の場合、ピークで避難所に30万人。今回は50万人。この概算からすれば、被害は倍近い。そのうえ、今回の災害は、あまりに広範囲で、補給地からも遠く、分散している。阪神のときは、火災と余震さえ鎮まれば、倒壊家屋から生活物資を持ち出すこともできたが、今回は、津波ですべてが失われた。現在、全国の災害備蓄物資のすべてが放出され、世界からの支援も届きつつあるとはいえ、これで終わりだ。次は、西日本での増産を待つしかない。現地では情報が限られ、この日本の全体状況を理解できないと思うが、阪神のときのように避難所にいて仮設住宅の建設を待っている余裕はないのではないか。

 

 これらのマクロ的経済を推論をするには、現段階では、あまりにもデータが不足している。規模が大きい問題であるから、係数がわずかに違っただけで、結果もまったく異なる。だが、以上の推論の係数は、かならずしも極端に少なくはないと思う。そして、生産性の不足は、日本人が一丸となってがんばる、などという精神論だけで、中長期的に乗り切れる問題ではない。物そのものが不足すれば、どれほどの募金も、問題を解決することはできない。

 

 たいへん厳しい現実で言葉に詰まるが、これらの全体状況を考えれば、もはやとうぶん東北に復興はない。死んだ人は戻っては来ない。幸運にも生き残れた人々、命がけで救い出された人々が、これ以上、一人たりとも疲れ飢えて死ぬことがないようにすることこそが、いまの最大目標だ。いまだに行方不明の親族知人がいる中で、ふるさとを離れることには、ほんとうに辛い思いがあるだろうと思う。だが、厳しい環境の避難所では、とおからず感染性の病気が蔓延することは必至だ。

 

 今回ばかりは、どうにも助けには行かれないのだ。いま、人が増えれば、その増えた人自体の生存のための重みで、東北の状況はますます悪化してしまう。最後まで残ってふるさとを守り続ける人々の負担を軽くするためにも、自力で移動できる人は自力で、また、その力のない人々も公的な準備が整い次第、順次、こちらへ来てほしい。西日本のすべての町、すべての村は、最善を尽くし、雪の降りしきる地方から来る凍えきったあなたたちを、心から暖かく迎え入れてみせる。だから、いま、どうか、新しい土地で新しい生活を始める勇気を持ってほしい。


 

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)  

原発学者たちの良心を疑う


べつに原発反対派ではない。よけいな社会的パニックを引き起こすことを歓迎するものでもない。だが、国内で唯一、実情を国民に説明することのできる専門家たちが、この場に及んでまでも、マスコミの中で奇妙な原発擁護のレトリック(修辞)をこねくり回していることに対し、学者としての良心を疑う。

「「想定外」の大震災にもかかわらず、この程度で済んでいるのは、日本の原発が「優秀」だからだ」などと解説する学者は、まったくの茶番。福島原発に関して言えば、専門家であれば当然にあの問題、いや、一般のジャーナリストであっても、ちょっと調べればすぐに検索に引っかかる問題、すなわち、つい先日、二月二八日の時事通信等の報道を思い浮かべるはずだ。

すなわち、東京電力は、十数年に渡って福島原発で機器点検簿の改竄偽造を行ってきていた。その中に、まさに「非常用ディーゼル発電機」や「空調機」などが含まれていた。この問題に対し、東京電力は、これらは自主点検事項であり、安全上の問題はない、と弁明していた。今回の事故にこれらの機器が直接に関係あるにせよ無いにせよ、こんなずさんな連中を「優秀」なとどは絶対に言わない。

実際のところ、原子力に関して、研究者と事業者、そして、検査者が、まったく同一の学閥に属している。つまり、裁判官と被告と検察が、同じ村の先輩後輩のようなもの。厳しい精査や処分などできる体質にはない。このなあなあの関係に、年金問題と同様の官僚的ないいかげんさが加わって、社会学者ウェーバーの言う「訓練された無能」で、国民を煙に巻く。こういう仲間内の保身体質は、満州事変のきっかけとなった柳条湖事件(関東軍が自分で自分の満鉄を爆破し、それを自分で調べて、中国人が犯人だ、とした謀略)を思い出させる。第二次大戦末期、本土侵攻が迫っているのに、勝っている、勝っている、と言い続けた大本営発表がどれだけ被害を拡大させたのか、忘れたのか。

私たちが、以前、テレビ番組(「朝まで生テレビ!」)で原発問題を討論番組で採り上げようとしたとき、電力会社がテレビ局や新聞社の巨大安定スポンサーであり、その一切の批判がタブーである、という、とてつもなく大きな、見えない壁にぶつかった。それでも、賛否両論を公平に扱うことを条件に、数回に渡って番組とし、大きな反響を得た。だが、そのときも、じつは、裏では、いろいろあった。電力会社側の資料をきちんと調べてみると、出典不明のデータの孫引き、力積単位の話のすり替え、論理のごまかしや誇張がゾロゾロ。あのころから、あれらの資料は、およそまともな研究者や事業者の作るようなものではなかった。

電力会社が、いまでもまだテレビ局や新聞社をカネの力で抑えつけられると思っているのならば、大きな勘違いだ。だいいち、もう当分、電力会社は、マスコミのスポンサーになど、なりえないではないか。この震災で事態は一変した。これだけの国難となれば、現場のジャーナリストたちは、営業の連中が言う「会社の都合」など、もはや聞く耳は持たない。まず国民の味方だ。こういう日のために、ジャーナリズムがあったのだから。もはや世界中のジャーナリストたちも、日本の原発に注目している。この状況で、これまでのような隠蔽体質は通用しない。

「原子炉は止まっている」などと言うが、それは、まともに制御されている場合の話だろう。止まったはずの炉がなぜ冷えないのか。燃料のウランやプルトニウム自体が核分裂性の物質なのだから、炉心損傷時には、溶け落ちて集まった燃料において、再臨界、暴走、さらには原子炉本体の水蒸気爆発、放射性物質の一帯への撒き散らしの危険性さえもゼロではない。これらのことも、専門家なら、知らないはずがあるまい。

いまが大丈夫かどうか、など、だれも聞いてはいない。処理がうまくいった場合の、捕らぬ狸の話も、もう、うんざりだ。専門家なら、これからどうなるリスクがあるのか、東京電力とは距離を置いて、きちんと科学的シナリオ(一連の事件)のすべてを隠さずに客観的、批判的に説明しろ。危機管理は、最悪の状況に対して未然に備えるのが当然であり、どうするか、は、我々一人一人が決めることだ。おまえらではない。

いま、現場の作業員たちの命懸けの努力によって、時間的な猶予が作られているのであれば、我々に打てる対策の余地はある。この貴重な時間を研究者仲間の口先保身のためにムダに費やし、社会的な心理操作までかってにやるのであれば、それは、あきらかに御用学者の越権であり、人道的な犯罪だ。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)  
ギャラリー