純丘曜彰教授博士: ニュースの蜂

『朝まで生テレビ!』の元ブレインが、硬派ジャーナリズムの精神に基づき、
浮き世の暇つぶし、憂ばらし、肝だめしに、大手の新聞やテレビがひよって
伝えないネタを、勝手取材、執着調査、偏屈考察で突き刺しまくります。 

2011年04月

エネルギー復興なんかいらねぇ


日本は資源が無い、だから原子力だ、は、サルを騙すウソ。ウランだって、結局、石油と同じ輸入品で、それこそ国際情勢に振り回され続けるだけじゃん。

足らねぇ、ってんだから、もーしょーがないじゃないか。しばらくしんどいかもしれないが、いまのうち、とっとと足らすように知恵を絞って工夫しときゃ、そのうちどうせ世界でも足りなくなるんだから、そうしたら日本が一気にトップに返り咲く。

古い人間なら、1973年の第一次オイルショックを思い出せ。エジプトとイスラエルの第四次中東戦争に端を発し、石油価格が4倍に跳ね上がった。あのとき、米国は、石油の安定供給にこだわり、中東に介入して、湾岸戦争から現在の独裁者問題まで、泥沼に財政赤字を拡大していく。一方、日本は、さっさと町中のネオンも消し、テレビも放送時間を大幅にカット。野球のナイトゲームも当然に中止。旧財閥グループに依存する古い重厚長大産業が没落し、ホンダのような独創的な会社が現れてくる。

で、79年にイラン革命で第二次オイルショック。米国は、あいかわらずの石油大量消費体質で自滅。とくにガソリン喰いのばかでかい米国製自動車は、国内外でまったく売れなくなる。だが、省エネに変貌していた日本は、この機に乗じて、小型車で世界を席巻。家電も含め、日本製は安くて長持ち、と評判になり、あれよあれよとナンバーわん。

電力が足らなきゃサルに戻っちまう、って、その発想こそ、まさにおサルさん。日本の弱電気の省エネったら、パねぇ技術だ。たとえば、60Wの電球の明るさが、いまやLEDでわずか9W。83年当時の業界標準パソコン9801F2+モニタで69W+70Wだったのが、驚異的に性能が向上した今のレッツノートSで39W。エアコンなんかも、この10年で消費電力が半減。インバータ無しの80年代からすれば、およそ1/4以下だろう。

なんでこんなにすごいことになったのか、というと、1999年の改正省エネ法で、トップランナー方式が導入されたから。前年度の業界のベストパフォーマンス商品を越えられないメーカーは、名前を公表して罰金を徴収する、という厳しいもの。恥をかいて罰金まで取られるくらいなら、開発競争にカネをかけ、政府から業界No.1のお墨付きもらった方がいい、とメーカーが考えるのは当然。「乾いた雑巾を絞る」と言われても、それをやってみせるのが、日本の技術者。ただでさえ電器メーカーは生産過剰なんだから、できなきゃ、顧客が離れ、会社が潰れてしまう。政官財学マ、べったり癒着のぬるまい独占ウラン湯に浸っていられるお偉いさんたちとはワケが違うんだよ。

3.11以前と同じだけの電気を寄こせ、などと吠えているのは、新しい状況に対応できないロートルの政治家や評論家だけだ。テレビで福島の様子を見たら、もうあの日より前には戻れないことくらい、誰だってわかっている。グチっている暇があったら、しゃあねぇ、やるか、と腰を上げ、黙って自分のすべきことに打ち込むのが、日本人気質というもの。

実際、この一ヶ月で、多くの人々、多くの企業は、とっとと生活防衛、電力対策に乗り出した。メーカーもこれに呼応して、発電機や蓄電池の大増産に入っている。多くの住民や会社が、地震や津波、停電にあまりに脆弱な高層ビルや湾岸埋立地を見捨て、新しい住宅や拠点の建設へと動き出している。この状況で、いまさらムリにムリを重ねて発電量を回復し、虚栄の東京を復古したりなんかするより、民間新規の健全な設備投資の方が、ずっと日本の景気回復、体力増強のためになるんじゃないんだろうか。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)  

電力のシャブ漬けとテレビの洗脳CM


/原発は、もともと電力のためではなく、世論操作のために政治的に導入された。そして、その後の産業や人口の構造変化で需要が減り始めると、地球温暖化問題を利用しようとするが、失敗。今回の事故で、デモまで起きると、官僚側が何をするか、わかったものではない。彼らの世論操作に対しては、もっと賢明な、沈黙不買で抗議する道もありうるのではないか。/


電通総研社長で電事連原子力開発対策会議委員長だった通産省事務次官出身の福川伸次。事故後の現在も絶対原発主義者だ。東電社長・電事連会長の清水正孝が、資材調達部門出身にもかかわらず、日本広報学会会長を務めていたことからも、官僚と電力と宣伝の関わりの深さがわかるだろう。
 
そもそも原発は、電力よりも世論操作のために生まれた。戦後、順調だったGHQの日本懐柔策は、1954年の水爆実験の日本漁船乗組員被曝で迷走。世論は反米へ傾き、左翼の扇動もあって収拾がつかなくなる。前53年に正力松太郎に日本テレビを作らせた柴田秀利は、「毒をもって毒を制す」といって日米両政府に働きかけ、「原子力の平和利用」として原子力発電所の建設をめざし、平和運動を原子力推進派と反対派に分断。
 
つまり、原発は、米ソ冷戦下において、その最前線に位置する日本の産業と生活のエネルギーが、米国から独占的に供給されるウランに依存し、米国側ブロックから離脱できないようにする踏み絵だった。実際、我々はその恩恵を享受し、隣接する東側の国々に、豊かなエネルギーに基づく贅沢三昧を見せつけてきた。繁栄する日本は、米国側ブロックに属することのメリットを世界に示す宣伝ショールームだった。そのために、CMはもちろん、ホームドラマから、アニメやクイズショーまで、テレビは次々と最新の電器製品を出してきて、それらを買い揃えることこそが幸せだ、と我々に信じ込ませた。
 
しかし、冷戦が終わり、バブルも崩れると、状況が変わった。産業の成熟に電子化も加わって、重厚長大型の製造業が国内から減り始めた。1973年に出生率が頭打ちとなり、少子化人口減は必至となった。そのうえ、自然保護運動の高まりとバブル後の不況で「資源節約」と「省エネ」が基調となり、個々の電器の電力消費量は劇的に減っていった。そして、2007年のリーマンショック以降、日本の総電力消費自体が減少に転じた。
 
ここにおいて、官僚側は、前と同じ作戦、すなわち、自然保護運動を、CO2削減派と原発アレルギー派に分断し、他のエネルギー需要を電気に引き込む工作を画策する。だが、ほとんど成功していない。「放射能を使えば、どんなバイ菌も殺菌できる」などというアホなコピーでも洗脳できた戦争直後の日本人より、ずっとメディアリテラシー能力が高くなっているからだ。そもそもこのような世論分断工作は、戦前の国家社会主義ドイツ労働者党、つまりナチスのもの。左翼台頭に際して、連中は祖国をソ連に売る国賊だ、我々はドイツ独自の社会主義を打ち立てる、と言った。日本の官僚は、自分たちの保身のために、それをやるのだから、さらにタチが悪い。

いま、東電は、福島原発のみを会社から分離して切り捨てようとしている。ところが、保安院は、レベル7として東電そのものを切り捨てようとしている。その保安院も、中立性がないとして経産省が切り捨て、その経産省も、天下りの温床として政府は切り捨てようとしている。そして、その政府も日本国民が、その日本国民も、米国や世界が切り捨てようとしている。あんなにみんな「一丸」だったのに、自分たちが自滅的に分断していっちゃってどうする。だからといって、それを調子に乗って反原発デモなんかで責めていると、連中はエリートパニックを起こし、公安を動かしてなんでもタイーホするぞ。もっとも、そんな強権発動をしたら、いよいよ日本はバラバラになる。こんな大変なときなんだから、どっちももっと頭を冷やせよ。
 
いまだに、電気が足りない、もっと原発は必要だ、と金切り声を上げている政治家や評論家、原子力学者もいるが、前東大学長、現三菱総研理事長・東電監査役の小宮山宏をはじめとして、まともな研究者や産業人なら、もはや日本の電力需要は増えない、ということを、本音ではよく知っている。とにかくこの数年の夏の需要ピークだけの問題だ。それを乗り切れるかどうかを決めるのは、官僚や東電ではない。私たち自身だ。私たちが電気を足らすのだ。
 
パチンコには行かない、行かせない。飲料自販機は使わず、店でもアルミ缶は買わない。まばゆい照明でハイにさせ、いらないものを売りつけるデパート、遊園地、野球場にも用はない。くそおもしろくもないテレビなど、まっ先に消す。友だちとは、電話やメールではなく、直接に会って語り合おう。映画やゲームではなく、恋人や夫婦で目を見つめあう時間を大切にしよう。子供の小さな手をとって、家族でゆっくり散歩し、近所の人にあいさつをしておこう。ひとりのときは、青い空、星の空を心静かに見上げ、雄大な景色の移りゆきを感じてみよう。私たちにできることはいくらでもある。経済一辺倒でCMにたぶらかされ、便利なはずの電気に奪われてしまっていた私たちの時間を取り戻そう。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)   

原子炉は、あなたのすぐ隣にある!


/研究用原子炉は東京や大阪の町中にも隠れている。廃炉にしたと言っても、じつは、汚染した解体廃棄物のゴミ屋敷として残っている。運転中のものも、福島原発より古い老朽施設だ。新しいことをする研究費があるなら、まずきちんとこれらの後始末にカネを使いなさい。/


 じつは原子炉は、東京や大阪のド真ん中にもある。東大阪、羽田空港の向かいの埋め立て地、関空の内陸部、三浦半島相模湾側の武山駐屯地の隣、そして、新百合ヶ丘とたまプラーザの間。これらは「研究用原子炉」と呼ばれるもので、電力会社の原子力発電所のように、わざわざ大仰に安全性を世間に宣伝したりしないから目立たないが、なにかあれば、あまりに人口密集地に近く、まずいのはまずい。また、廃炉した、解体した、といっても、実際は、汚染した解体廃棄物が、そこにそのままごっそり置かれていたりする。
 
 近畿大学で運転中の研究用原子炉UTR-KINKIは、潔いというか、東大阪市小若江3-4-1、本部キャンパスの中、附属幼稚園と南グラウンドの間の区画にある。出力わずか1W。とはいえ、原子炉は原子炉。それに、古い。なにも上町断層、生駒断層もあるこんな町中で妙なことはやらんでも、と、シロウト目には思われるのだが。
 
 新百合ヶ丘とたまプラーザの間、美しが丘とすすき野に隣接する川崎市麻生区王禅寺971と1022の山の上に、武蔵工業大学(現東京都市大学)のMITRR、100kWと、日立のHTR、100kWが並んでいる。武蔵工大は、1989年年末に漏水事故を起こし、以後、運転できず、2003年にようやく廃炉決定。中身は空ながら、汚染した建物の解体はまだ先のこと。隣の日立も、2006年に廃炉を決め、主要施設は解体を終え、さらに将来的には更地に戻す、というものの、現状は解体廃棄物のドラム缶を抱え込んでいる。
 
 三浦半島、相模湾側の武山駐屯地の隣、横須賀市長坂2-5-1にある立教大学のRURも、100kW。これも2002年に廃炉が決まったが、片づけに手間取っている。そのうえ、その途中で、あるはずのない放射性物質が見つかるという、これまでの管理の杜撰さも発覚。 
 
 大阪の貝塚市と泉佐野市の間、泉南郡熊取町朝代西2丁目にある京都大学の原子炉は、りんくうタウンからわずか数キロ。そもそも京大の原子炉が大阪にあること自体、東電の福島原発のようだ。臨界実験装置KUCA短時間1kWはともかく、KUR5000kWは、研究用にしては、でかい。だいいち、ここは、巨大な中央構造線断層帯の上。そのくせ、マグニチュード7.8、震度6しか想定していないとか。今年の5月まで定期検査で運転を停止しているが、燃料はたっぷりあり、廃炉する気さえないらしい。
 
 羽田空港の向かい側、アクアラインの入り口の川崎市川崎区浮島町4-1(旧末広町)の東芝原子力技術研究所のTTR-1、100kWは、2001年に廃炉し、主要施設は解体済み。だが、臨界実験装置NCA、最大200Wの方は生きている。ここが恐ろしいのは、埋め立て地であるうえに、周囲が東燃ゼネラル石油の巨大コンビナートだということ。先の千葉県市原市のコスモ石油コンビナートの大火災のようなことになったら、爆発炎上の巻き添えになるのは必至だろう。  
 
 1960年代には、周囲にはたいした問題もなかったのだろう。また、これまでそれなりに物理学や医学などの研究にも貢献してきた。しかし、小とはいえ、実験をやる以上、チェルノブイリ同様、予想外の結果が出てくることもありうる。地震などで被災するかもしれない。そのうえ、どれもこれも、ひどく老朽化している。
 
 時代は変わった。もう使わないから、などといって、自分たちはとっとと退職し、汚染施設をゴミ屋敷のまま放置していくのは、近所の大迷惑。子供じゃないんだから、自分たちで建ててしまった以上、更地になるまで、研究費できちんと後始末をしなさい。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)  

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