/二年半以上も前から大学設置基準が厳しくなることなど、この業界では常識。駆け込みで四大化けしてみても、現代の多様で高度な教育をするだけの教員や施設を長期的に維持できないなら、早晩、潰れる。そんなところに貴重な若い四年間を費やしてはいけない。/


 同業者の内情を話すと逆恨みを買いそうだが、若者を喰いものにするのは見過ごせない。マスコミも、不景気の中、新設大学だけが広告費を湯水のごとく使う御大尽なので、その欠陥を隠し、その擁護に走っている。しかし、いまさら、いったい誰のための大学新設か。一部の短大は、二年制で定員割れを起こし、四年制の大学にすることで倍の学費を徴収して延命することだけを考えている。そして、もはや事実上の失敗に瀕しているところも少なくない。


 文科省は、1980年代から、高等教育を時代の変化に対応させるため、設置基準を満たしさえすれば大学創設を認可し、後は大学間の自由競争、学生自身の責任選択に任せる、としてきた。その結果、狭い日本に大学が800も乱立する異様な事態となった。しかし、この方針は、人口減少は一時的、との当時の認識の下に立てられたもので、少子化、バブル後の長期景気低迷による就職・結婚の困難化などとあいまって、短大志望者の激減、大学進学率50%化、多くの大学の定員割れや質的低下などを引き起こした。


 このため、この不良大学乱立に対し、文科省でも2010年1月にはすでに中央教育審議会に対し大学設置基準の改正を諮問。つまり、近々に大学設置基準が厳しくなるというのは、2年半以上も前から大学関係者では折り込み済みの話。また、2013年だけは数パーセントばかり18歳人口が多い、ということもあって、これが最後のチャンスだから、この年度までに駆け込みでなんとか四大化けしたい、という、思惑があちこちで蠢いた。


 1989年に、地方の小規模の相互銀行を「第二地銀」として一般銀行と同じような体裁に転換した。その半数は、その地域性を生かし、うまく軌道に乗ることができたが、しかし、残りの半数は、その後、経営破綻、ないし、他行に吸収合併という末路をたどった。同様に、大学に関しても、人口減少、景気低迷が激しい地方を中心に、国公立を含め、廃校や統合が当然の流れになるだろう。というのも、2018年度以降は、18歳の進学人口が毎年1万5千人ずつ減っていくイス取りゲーム状態になるからだ。


 単学部単学科で学年100名、総学生数400名などという高校程度の規模では、現代の大学として求められる多様な一般教養や高度な専門科目などを教えるだけの教員数や施設・設備を維持できまい。それも、その定員すら満たすことができないのであれば、早晩に潰れる。作るやつらは、自分が退職金をもらうまでのことしか考えていないかもしれないが、入る学生は、そんな掘っ立て小屋のような付け焼き刃の大学に高いカネを注ぎ込み、貴重な若い四年間を費やすのでは、人生として取り返しがつかなくなる。


 いま、大学としての基準を満たしているというだけでは大学としてダメであることなど、まともな大学関係者なら当然の認識だ。それ以上に、迫り来る2018年を越え、真理探究の高等教育研究機関として持続可能たるべく、どこも奮進努力している。それも、大学において、教育研究など、じつは、その表向きの一面にすぎない。将来までほんとうに安定した経営が可能かどうか、財務実態や事務人材の優秀性なども、重要な要件となる。


 さて、いま、進学を考える若者や、その保護者のみなさん。大学のパンフレットなど、どこもどうせ都合のよい話しか書いていない。青年の前途、人生のスタートが懸かっているという意味で、大学は、金額以上にはるかに高い買い物だ。人の話を鵜呑みにせず、経営体質(左右偏向や借金頼みではないか)や教育陣容(今の肩書よりこれまでの経歴、名義貸し以上の教育実態があるか)など、よくよく自分で再チェックしよう。



by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)
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