純丘曜彰教授博士: ニュースの蜂

『朝まで生テレビ!』の元ブレインが、硬派ジャーナリズムの精神に基づき、
浮き世の暇つぶし、憂ばらし、肝だめしに、大手の新聞やテレビがひよって
伝えないネタを、勝手取材、執着調査、偏屈考察で突き刺しまくります。 

2013年03月

大学改革の外野意見は的外れ

/外野で大学改革論がうるさいが、結局、戦後の実業重視の私立は三流のままじゃないか。真の勉強は、知識や技術ではなく、人間としての成長鍛錬。世間から距離を置き、知のリゾート地に遊んでこそ、時代の右往左往に振り回されない見識も身につく。/

 ああすべきだ、こうすべきだ、と、うるさい外野連中が多いが、しょせんまともな大学人じゃない。だから、大学というものの根本を理解しておらず、話にならない。学力向上のためには、とか、国際競争のためには、とか、言うが、そんな程度のことのために大学があるわけじゃない。

 そもそも大学というものは、その時々の利を追う企業とはまったく別種の存在だ。政治ほどにも変らない。たしかに形式的には文科省の監督下にはあるが、へたに干渉すれば、過去の事例のとおり、かならず禍根を残す。大学の自由は、近代の報道の自由どころか、数千年来の学問思想の自由の伝統の上に成り立っており、三権分立の外、それどころか、国家の外、歴史の外の存在ですらある。

 戦後、日本では、就職準備の実業学校みたいな即席大卒製造私立が爆発的にはびこったが、知ってのとおり、結局いまだに三流以下じゃないか。その卒業生は、大卒と言えば大卒だが、それ以上でも、それ以下でもない。それじゃ、やたらいっぱいいるものの、すぐにやられて捨てられる緑色の量産型ザクみたいだ。この場に及んで、まだ、大学は就職だ、実業だ、英語だ、国際化だ、なんて言っている連中は、それなら自分自身でそんな「理想」の大学でも作ってみたらいい。その程度の浅はかな安っぽい「理想」で学生が集められるくらいなら、あの超巨大な即席大学群がこんなに苦労はしていないよ。

 腐っても鯛。やたら改革、改革と言う前に、なんで、結局、いまだに、どうせ行くなら、東大、ハーバード、オックスフォードなのか、すこしは考えてみたらどうか。大学なんて、昔から変わらないことを教えるところ。芽が出るかどうかもわからないようなことを大まじめに調べ考えるところ。だいいち、確実に結果が出る最先端の研究なら、きっちり投資も集まるし、一般企業が我先にやっているのだから、そっちでやればいい。大学をレジャーランドとバカにするかもしれないが、大学は、まさに知のリゾート地。若いうちの放浪修業と同様、こういうところでムダにのんびりと視野と世界を広げておいてこそ、その後の人間の大きさに繋がる。それがわかっているから、ろくに改革なんかしない、古くさい大学の方が、どこの国でも、いつの時代にも人気がある。

 なんのために大学に行くのか、よく考えてみたらいい。知識や技術を得たいだけなら、専門学校か、専門学校まがいの三流大学に行けばいい。だが、真に勉強する、ということは、知識や技術を得る以前の自己鍛錬。ほんとうに人間として成長するために、ごちゃごちゃとこうるさい目先の損得や直近の流行を追う生活から数年間は距離を置き、宇宙普遍・人類共通の知の世界に遊んで、これが最先端だ、あれが新潮流だ、などと、いつもいつも性懲りも無く浮かれ騒ぎ続けている世間のバカな右往左往を客観的に冷めて見られるようになってこその大学。

 とはいえ、困ったことに、大学の中にも、いつもかならず大学人らしからぬ連中がいる。自分自身の研究が頭打ちで行き詰まってしまっているやつに限って、そのヒマに任せて学内政治に奔走し、改革、改革、と、わけのわからない思いつきをぶち上げ、学内を混乱させる。まともな連中は、おや、また出てきたよ、困ったもんだねぇ、と、ほったらかしておくと、そのうち自然消滅、原点回帰。まあ、それもこれもやはり数千年来、学内で何度も繰り返してきたこと。それをまじめに取り合うほど、大学もバカではない。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)
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イメージ企業の末路

/バブル当時の人気企業がダメになるのは、自分を売ることしか考えない口先連中が、現実市場を無視した強弁の社内洗脳で昇進したから。A級戦犯の役員たちこそ店頭客足の最前線で会社のキャリアデザインを考え直すべきではないのか。/

 ソニー、セゾン、サンケイ、サントリー、小学館・集英社。学生の間で4Sとか、5Sとか言われていた、80年代バブルのころの人気就職先。東大からも、経営企画をやるんだ、なんて言って、こういう浮ついた会社に入ったやつらは多かった。だけど、いま、大変。電通っぽいイメージ先行のハッタリばかりで、結局、バブル以降の新企画なんか何も出せなかった。なのに、この場に及んでもまだ、リストラのことですら「キャリアデザイン」なんて言うんだと。五十を過ぎて、先のキャリアも無かろうにねぇ。

 80年代、経営戦略やマーケティングがバカみたいにはやった。こうすれば勝てる、これが当たる、大ヒットの仕掛け人、等々、当時の雑誌を見ると、インチキくさい連中が自信たっぷりに語りまくっている。経営者たちも、ソファーにふんぞり返って大言壮語。社内でも、サンプル商品だかなんだか、ろくに使い物にもならない未発売のものをどこかから入手してきて見せびらかしているやつらがいっぱいいた。そいつらが、ガキのくせに、「異業種交流会」とか言って、一流ホテルに大会場を借りて21世紀の経営者ゴッコ。とはいえ、これまた実体は、男探し女漁りの場にすぎず、痴情のもつれで、みんな空中分解。

 正直なところ、そりゃああいうホイチョイなやつらがリストラ対象になるのは、ある意味で当たり前だとも思う。四半世紀もの間、戦後レガシーの上にあぐらをかき、見かけ倒しの一発狙いばかりやって、社会に潜行する根深い問題に目を向ける本当の意味でのマーケティングなんかやってこなかったのだから。

 たしかに、ネーミングやイメージで売れる、ということはある。だけど、ネーミングやイメージだけで売れ続ける、ということは絶対に無い。会議室で口の立つやつらにまくし立てられていると、新興宗教の洗脳みたいになる。それで、それに反対するのは、頭が悪い、それどころか、気が狂っているかのような、社内の無言の圧力が生まれる。だが、やつらは、自分を売ることしか考えていない。それをほんとうにやったら会社がどうなるか、ほんとうに社会にそんなニーズがあるのか、なんて、考えてもいないし、考える能力も無い。だから、やつらの言うことを聞いていると、やつら本人だけは社内で出世するが、会社はひっくり返る。オンリーワン戦略、とか言って、自分の得意分野以外を潰してしまったり、あれもこれもくっつけてシナジー効果、なんてやって、生産体系も経理責任もぐちゃぐちゃにしてしまったり。

 だが、それをやった下手人たちがトップに乗っかったまま、いま、リストラも無いだろう。あいつらは、自分たちがやったことが間違いでした、なんて認めるわけがない。あいかわらずの強弁で社内を洗脳して回っている。いまだに「V字回復」だなんて、プライドだけの太平洋戦争末期の大日本帝国と同じ。社体護持(つまり役員連中の保身)のためには、全従業員を火の玉にして玉砕リストラし尽くすまで「戦う」つもり。

 だけどさ、商売は、勝った負けたの口先勝負じゃないんじゃないのか。へぇ、ごもっとも、と、客に深々と頭を下げ、その足下を見て、次の商売のアイディアを学ばせてもらってナンボじゃないのか。役員フロアで体裁ばかりの社内資料だけを元ににっちもさっちもままならない小田原評定なんかやっているヒマがあったら、まずA級戦犯のあいつらから専用個室と秘書と社用車と機密予算を奪い取って、店頭客足の最前線に出向で送り出し、会社そのもののキャリアデザインの心配をした方が良かないか。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)
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非常時にネット情報は信頼できるか

/非常時には、テレビや新聞より、ネットの裏情報の方が信用できるような錯覚に陥る。ところが、とんでもないガゼデマを飛ばして、PVを挙げ、広告費の小銭稼ぎを狙う連中も出てくる。/

 2年が過ぎた。なにも終わっていない。それどころか、箱根だ、富士山だ、西南海大地震だと、次の不安は尽きない。同じ過ちを繰り返さないためにも、あのときのガセデマについて振り返ろう。テレビや新聞については、政治的操作があることくらい、我々は織り込み済みだ。問題は、あたかもその間隙を突くかのようなネット情報。

 2年前のあの時、ネット上でもっとも悪質だったガセデマは、MIT研究者を騙った3月14日の似非解説。(http://blog.livedoor.jp/lunarmodule7/archives/2011-03.html)「今までそしてこれからも深刻な放射能物質の漏洩は決して起こらない」「根拠なく不安を煽り立てるような言説を流すことは、彼らへの冒涜であるばかりか、無用な社会混乱を引き起こし、不測の事態を誘発しかねない」云々。しかし、このひどいガゼデマの背景には、これを翻訳掲載したLM-7という匿名人物がライブドアから300万円を受け取っていた、という大きな問題がある。

 元記事は、前日に morgsatlarge.wordpress.com に掲載されたもの。(http://morgsatlarge.wordpress.com/2011/03/13/why-i-am-not-worried-about-japans-nuclear-reactors/)プロのジャーナリストの訓練を受けたことがある者であれば、こういう記事を読んだだけでも、あえて方法論的にまず疑ってかかり、このサイトそのものの信憑性はどの程度か(たとえば虚構新聞や毎日デイリーニューズのようなものではないか)、この記事の著者がほんとうにMIT研究者としての実体があるか(たとえばiPS森口ような人物ではないか)、この記事の内容について他の主要専門家はどんなコメントをしているか、等々を、すぐにチェックする。翻訳紹介する、ということは、手形の裏書と同じで、連帯保証人として、元記事の発信者と同様の100%の責任を負うからだ。

 事実関係からすれば、まさにこの元記事の著者は、たしかにMIT出身ながら、経営学関連(MITは工科大学ながら、じつは経営学部や人文社会学部もある)で、事故を解説するにたる専門性を持ち合わせておらず、すぐにMITの原子力プロパーの研究者たちから記事の基本的な誤謬が指摘された。ところが、LM-7という匿名人物は、そんな問題は無視。そもそも本人からして正体不明。それどころか、本人が「似非理系」学校出身で、趣味は「疑似科学いじり」とさえ自分で言う。

 こんなガセデマのヨタ記事が広く流布してしまったのは、この事故に際して原発推進派が世界的権威を求めていたこともさることながら、ライブドアがこの記事をニュースの前面に押し出したから。ライブドアは、前年の秋から「ブログ奨学生」という形でLM-7を支援していた。この人物は、もともと、コンピューターサイエンスの最新研究に関する記事をライブドアブログに連載し、最低でも月1万PVを達成する、という契約条件で、法外な大金を受け取ってしまっていた。しかし、この契約条件をクリアできず、未曾有の事故に便乗して、こんなヨタ記事の翻訳に手を出してしまった。そして、このガセデマと、その後の炎上のおかげで、年160万PVを叩き出し、再掲載者たちを含め、関係者はなんの責めも反省も無く、みんな、めでたし、めでたし。

 災害と事故に対して文字通りの命懸けで戦っていた多くの人々の一方で、裏でこんな小賢しいガセデマで小使い稼ぎの火事場ドロリンボーをしていた連中がいたかと思うと、言葉を失う。だが、非常時のネットには、PV目当てで、もっともらしいドシロウトの便乗ガセデマも大量に出回るということは、けっして忘れてはいけない。企業側も、テレビや新聞と同様、非常時にはすべてのネット広告の出稿をただちに停止するなど、便乗連中を助長しないシステム確立が急務だ。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士 (大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)
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