純丘曜彰教授博士: ニュースの蜂

『朝まで生テレビ!』の元ブレインが、硬派ジャーナリズムの精神に基づき、
浮き世の暇つぶし、憂ばらし、肝だめしに、大手の新聞やテレビがひよって
伝えないネタを、勝手取材、執着調査、偏屈考察で突き刺しまくります。 

2015年03月

古賀茂明とアンドレアス・ルビッツ

/本人たちはXXだから捨ておくが、後から考えてみれば、十分に暴走の予兆はあったはず。この状態で、あえてXXに「刃物」を渡した連中の責任こそ重大だ。/

 べつに個人攻撃をするつもりではないので、ちょっと文体を軽く話そう。この二人、似ていないか。かたや生放送の報道番組で、司会者を無視して暴走し、公 共の電波で言いたい放題。他方は、知ってのとおり、コックピットから機長を追い出し、アルプスに突っこんで乗客全員を殺した。

 後から考えてみれば、十分に予兆はあったはず。だが、これという決定的な規則上の問題を見い出し切れず、事故に至った。本人たちはどちらもXXなので、ほっておくが、この状態で、あえてXXに「刃物」を渡した連中の責任こそ重大だ。

  ルフトハンザに乗っていると、しばしば思うのが、規則上の問題が無いのだから、問題は無い、という杓子定規な態度。また、自分の担当外で明らかな問題が あっても、自分は担当外だ、担当者に言え、と言って、それっきり放置。いかにもドイツ人らしい発想。日本のエアラインだと、規則上の問題が無くても、むし ろ、規則上で問題が無い限り、できるだけの便宜をはかってくれる。自分が担当で無ければ、すぐに担当者に連絡をつけてくれる。事故を起こす組織というの は、そういう細やかな創造的配慮、チームプレイとしての自覚が、おうおうに事故以前に死に絶えてしまっている。

 古賀茂明につい ても、同様だろう。あれだけ、これまでにやってきたのだから、最後になにかやらかすことは想像できた。(だから、多くが「楽しみ」に見ていたんだが。)惰 性なのか、温情なのか、最後にまた彼を呼んだ番組のディレクター一人の問題ではなく、局長でも、社長でも、会長でも、事前に構成表が上がっているのだか ら、彼の名を見つけた時点で番組に呼ぶのを止めさせ、もっときちんとした中東情勢の専門家のコメンテーターに差し替えるように業務指示を出すことはできた はず。なぜ半端に、最後の暴走の機会を与えてしまったのか、それこそが最大最悪の「不正」だ。(「こちらもそれは出させていただくということになっちゃい ます」というやりとりからすれば、むしろ出演の方が、某所からの圧力として、局の意向に反して無理やりネジ込まれていた可能性も高い。その密約が反故にさ れた、ことに怒っているのか。)

 規則上の問題が無い、というの は、おうおうに、規則の方に不備がある。原発の津波でもそうだが、想定していないのだから、だれにも責任が無い、などというのは、役職者として卑怯だ。組 織であれば、現場はともかくも、局長や社長、会長は、問題を予見し、そのために新たな規則を決定し、現場に課することができるはず。彼らは、そのために、 高い地位と良い待遇で組織の中にいるんじゃないのか? 刑法などと違って、法の下の平等もへったくれもなく、とにかく、組織として事故、事件を防ぐことこそが絶対任務なのだから、恨まれようと、逆切れされよう と、裁判になろうと、受けて立つ、くらいの決然たる覚悟が無くて、なにが役職者か。

 現場だって、本音を言えば、ああいうコメン テーター、ああいうコパイロットは、なんとかしてほしい、いつか危ないことになる、と思っていた人がいなかったわけではあるまい。ただ、上のだれかが問題 の人物と昵懇で、問題は無い、と押し切られてしまうと、それとケンカしてまで問題の人物を追い出すような権限も、地位もない。そういうときに、自分で泥を かぶってでも、きっちり問題の人物にカタをつける、もっと上の役職者こそ、人望を集めるのではないか。

 どちらの組織にも、そう いう役職者がいなかった、という意味では、組織として形骸化した死に体だった。だが、こういう危ない人物、どこぞの会長だとか、どこぞの研究リーダーだと か、どこぞの客員教授だとか、最近、あちこちで聞く。事件が表沙汰になってから、大騒ぎする。だが、そういう危ない人物にあえて妙な暴走のチャンスの余地 を与えてしまうやつがいるからこそ、こうなる。組織というのは、役職者というのは、きちんと現場を細かくチェックして、だれかがそいつらに勝手に「刃物」 を与えてしまうのを事前に止めるためにこそ、存在しているのじゃないのか?


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大 学)、美術博士(東京藝術大 学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門 は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソ ン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

テレビ降板逆ギレの勘違い

/テレビのコメンテーター依頼は、基本的にすべて単発。その日の話題に合わせて、そのつどに最適の人選をするだけ。それを、降ろされた、政府の圧力だ、などと陰謀説で逆ギレするのは、自分はずっと毎回、呼ばれて当然、とでも勘違いしているのだろうか。/

 番組改編期。番組を降ろされた、政府の圧力だ、などと陰謀説を喚き散らすコメンテーターがいたりする。だが、もともと番組の出演依頼は、基本的に すべて単発。登板はあっても、降板は無い。毎週、呼ばれていた、としても、それはたまたまであって、けっして定期レギュラー契約ではあるまい。それをかっ てに既得権のように勘違いして、降ろされた、と逆ギレするシロウトは、局としてはさぞ迷惑だろう。

 根本は、昨今の株式会社の問 題と同じ。テレビ局は誰のものか。絶対に、個々の番組の出演者たちのものではない。民放は株式会社ながら、国民こそが、公共の電波帯を供与し、独占使用を 認めることにおいて、その事実上の現物出資者であり、そのオーナーだ。ここにおいて、その経営者は、その公共性に鑑みて番組編成方針を決める。だから、民 放上層部が自局の個々の番組の方向付けをするのは、日常業務の一環。とくに改編期であれば、見直しは当然。

 むしろ問題は、局内 にあって独立勝手に振る舞うヤクザのような番組集団。とくに映画会社の系列の寄せ集めでできた局、東京の外部スタジオを根城に使っている番組、特定制作会 社委託の既得権枠では、こうした長寿番組の「悪性腫瘍」が常態化しやすい。それは、特定のプロデューサーたちを中核とする私兵集団で、安定した視聴率を背 景に、営業を飛び越してスポンサーの強い支持を直接に取り付けており、局の編成側も口約束などの内情がわからず、手も出せない。

 もちろ ん、それでうまくいっているうちはいいのだが、おうおうに局内外の資金の流れが不明瞭になり、いろいろな番組利権の怪しい私的なバーター取引の温床とも なって、醜聞が吹きだまり、いずれ大がかりな外科手術、さらには番組そのものの打切りをしなければならなくなる。しかし、これをやると、その穴は大きく、 その後にそれ以上に当たる番組を投入できることはマレで、手を入れた側の責任問題となる。だから、ずっと、みんな見て見ぬふりで、ウミが溜まる。

  どこぞのアホな政治家のように、だれだれは偏向している、使うな、などと局に言うのは、逆に自分の偏向のひどさを晒しているオウンゴールのようで、話にも ならない。自分を外すのは偏向だ、と喚き散らすのも、まったく同じ。公平・中立・客観というのは、番組として、局としての問題で、個々のコメンテーター は、自覚の有無の差はあれ、それぞれ左右に振っているに決まっている。それらの人々をバランス良くキャスティングし、全体として、幅の広がり、視野の多様 性を確保することこそ、制作側の使命。番組内でその自律自浄ができないのであれば、病巣が悪化する前に返り血覚悟で編成や上層部が大ナタを振るうこともあ る。

 偏向かどうかは、「オーナー」の視聴者が決める。これは視聴率の分計で、かなり明確に出る。気に入った見解で視聴率は上が るが、気に入らない見解であっても、聞いてみようと思わす人であれば、やはりきちんと視聴率は上がる。人と話を噛み合わせる気の無い、一方的にアジ演説を するだけの「偏向」した人は、露骨に視聴率が下がる。もちろん、視聴率が取れなくても放送すべき内容はある、とする考え方もあるが、チャンネルを変えられ てしまうなら、放送したことにはなるまい。今の時代、youtubeその他の代替映像伝達手段は整ってきており、そちらでどうぞ、というだけのこと。

 番組は出演者のためのものではない。いま、視聴者は誰のコメントを聞いてみたいと思っているか。誰のコメントが視聴者の参考になるか。それを真剣に考えるなら、その日、その話題に最適の人選をするだけのこと。登板はあっても、降板など無い。


(大 阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門 は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソ ン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

安楽死未整備は国政と医療の怠慢

/自殺は罪ではない。しかし、自殺幇助の罪のせいで、自殺が人道的に破綻している残虐至極な手段を選ばざるをえなくなってしまっている。むしろ安楽死を認め、気軽に公言申告できてこそ、その厳格な事前審査において、安楽死以外の解決策で救う道も拓けるのではないか。/

 意外かもしれないが、自殺は罪ではない。法律論をこねくり回せば、いろいろ理屈はつくが、とにかく日本に自殺を禁じる法律は無い。むしろ、憲法で は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最 大の尊重を必要とする。」(13条)とされており、立法その他の国政の上で、生命、自由及び幸福追求の個人の権利は尊重されることになっている。つまり、 むしろ幸福追求のための生命の処分の自由もまた、個人の権利である。だから、自殺は、罪どころか、人間としての尊厳に関わる権利、人権として正当に認めら れなければならない。

 ところが、問題は、刑法202条だ。ここに、自殺教唆、自殺幇助、嘱託殺人、承諾殺人の罪が列挙されてい る。他人の自殺に関わると、六月以上七年以下の懲役又は禁錮。このせいで、日本では、自殺は、たった一人でやらないといけない。とはいえ、人を殺す方法で さえ、シロウトは容易に思いつかないのに、自分を殺す方法、それも他人を関わらせずに死ぬ方法なんて、そうそう考えつきもしないし、やり遂げられそうもな い。それで、看取る者もなしに孤独に自宅や野山で首吊り、ビルから飛び降り、列車に飛び込みなんて、むちゃくちゃ残虐な方法になってしまう。結局、後始末 で、他人も、えらい迷惑をする。それどころか、上から飛び降りてきた自殺者が当たって、あの世へ巻き添え、などということさえ起きる。

  半世紀以上も前、1962年の名古屋高裁の判決で、安楽死(自殺幇助)の違法性阻却事由として、1不治の病で死期が目前、2苦痛が甚だしい、3死苦の緩和 の目的、4病者が意思表明できる場合には本人の嘱託又は承諾、5医師よるか医師によりえない特別の事情、6方法が倫理的に妥当、という六基準が示され、司 法上は、これらをすべて満たせば有罪にはならないことが、すでに明確にされている。しかし、現在なお、脳死ほどにも、日本で安楽死が普及しているとは言い がたい。事件を起こして後に、裁判で違法性を阻却するのでは、病院としてリスクが大きいからだろう。

 そもそも、憲法13条からすれば、安 楽死が、この六基準のように、病気や苦痛、死苦の緩和に限られることの方が法的根拠に欠ける。これらの限定は、もとより公共の福祉とは無関係で、かってに 名古屋高裁が「立法」してしまったものだ。法体系のみからすれば、安楽死は、いかなる理由であれ、公共の福祉に反しない限り、幸福追求として、個人の自由 に任せられるべきだろう。まして、現状のように、自殺者のほとんどすべてが、方法として人道的に破綻している残虐至極な手段を選ばざるをえない、というの は、倫理的に穏当な安楽死のためのまともな道筋を整備しない国政や医療の怠慢のせいだ。

 司法において違法性阻却事由で解決しう るのであれば、特別に刑法などを改正する必要もあるまい。必要なのは、新たな判例ひとつと、脳死や性転換手術などと同様の事前の厳格な審査体制。希死念慮 は精神的な病因によることもありえ、本人がもっと気軽に安楽死希望を公言申告できてこそ、事前の早期発見、早期治療も可能になる。また、経済的理由や社会 的理由の安楽死希望も、その公言申告によって、専門の法律家や行政担当者、カウンセラーなどを交え、安楽死以外の解決策を探ることもできるのではないの か。つまり、厳格な事前審査付きで安楽死を公認してしまった方が、突発的な自殺事故を減らし、もっと救える道も拓ける。

 刑法 214条に業務上堕胎罪が規定されていながら、母体保護法14条の拡大適応で違法性阻却して堕胎はまかり通っているのに、いまだに本人意思の安楽死を躊躇 する理由がこの国にあるだろうか。もちろん、堕胎も、安楽死も、倫理的に認めるべきではない、という人もいるだろう。しかし、その考えは、その人のもので あって、他人の自由、他人の尊厳まで束縛支配する強制効力を持ちえない。むしろ安楽死制度化の必要性を国政や医療が認めない理由が、本人の望まない末期医 療を最期の最期まで「押し売り」して大金を儲けている日本の医療体制にあるのではないか、とさえ、邪推懸念される。


(大阪芸術大学 芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東 京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専 門は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイ ソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

上客はマイレージを嫌う

/特典は口先ばかりで、現実の交換はまずできない。まったく詐欺のようだ。企業はマイレージで客を囲い込めると思っているらしいが、ほんとうの上客は、ほんとうにほしいものがあれば、自分で選んで自分で買う。マイレージなんかにうつつを抜かしている企業は、本業の商品そのもので勝負する覚悟に欠けている。/

 マイレージの期限が切れる。御利用はお早めに、なんて、言われたって、あれ、腹が立たないか。相当に貯まっているのに、現実には、まったく使えな い。航空券に交換しようと思ったら、その時期は座席設定がない。アップグレードしようと思ったら、コードシェアなのでその機材ではできない。ばらして使お うとすると、1万マイルからで、端数は使えない。いやいや1000マイルでも、と書いてあっても、5000円以上の買い物をしたら、それも1回に1クーポ ンだけだそうだ。ようするに、まったく使えない。マイルには参る。

 通販でも同じ。あなたのランクはブロンズです、シルバーです、ゴールドです、と、かってに客を格付けしやがる。あといくら買えば、ランクが上がります、 だとか、しつこく、うるさい。思いつきみたいに、1000円クーポン券だの、10%オフ特別ナンバーだの、送りつけてきて、何日までに使え、と言ってくる が、おまえのサイト、直販のくせに、Amazonより1000円以上高いじゃないか。楽天やLOHACO、ヨドバシのサイトでも、アウトレット上等、ポイ ント還元10%くらいは、365日、当たり前だぞ。

 マイレージを使い切ろうとさせることで、もしくは、ランクを上げようとさせ ることで、追加の購買意欲を刺激したいのだろうが、いまどき、価格ドットコムその他で、簡単に通販の最安値を調べることができる。マイルだの、クーポンだ のを使うより、ほぼ確実に、そっちの方がはるかに安い。なぜそういうことになるか、というと、マイレージなんていうややこしい面倒なシステムのせいで、余 計な人員を大量に抱え込んでおり、そこに莫大な維持管理コストが発生しているからだ。

 おまけに、心理的にも、購買訴求より、逆 効果の方が大きい。最初からくれないものは、なんとも思わないが、こんなにすばらしい特典をあげます、お得ですよ、と、さんざんに吹聴されていながら、い ざ交換しようとすると、あげません、ダメですね、ムリです、と言われれば、損した、騙された、詐欺だ、ふざけるな、と思うのが人情というもの。そうでなく ても、バカじゃなければ、特典交換をするまえに、ネットで価格検索をするから、なーんだ、直営サイトの方がむちゃくちゃ高いやん、と思って、特典交換はも ちろん、特典交換でなくても、二度と直営サイトでは買わない。もっと安いところに行く。

 江戸時代、常連の上得意客だけを厚遇する閉鎖的な 商売が横行する中、三井越後屋は、店先(たなさき)で正札(価格勝負)の切売(一反単位ではなく必要な分だけ)を始めて大いに人気を集め、日に千両を売り 上げた。航空業界は、座席価格差が大きいので、たしかに国際線では、エコノミーの単発客より、常連上得意客からの収益比率が大きいのだろうが、それだっ て、昨今、会社の出張で自分のマイレージをせこく貯めるのが楽しみなどという貧乏サラリーマンでもなければ、つまり、本当に余裕のある上客なら、マイレー ジごときのためだけにサービスの悪い提携エアラインのコードシェア便に乗ったりせず、サービスの良いライバルの直営機の方を選ぶだろう。

  ようするに、これだけネットが発達した時代に、ポイントごときで釣る囲い込みで囲い込まれるような客は、ろくに換金できもしないインチキに執着するバカな 貧乏人だけ。そんな連中が、上客なわけがない。そして、バカな貧乏人が吹き溜まれば、イメージも悪化し、いよいよ上客は逃げていく。福引だの、ポイント カードだの、旗振りだのばかりやっている商店街やガソリンスタンドが潰れて、通販やセルフに客が流れるのも、同じ理由。

 ほんとうの上客と いうのは、自分から欲しいと思っているわけでもない、どうでもいいオマケの特典なんかでは釣られない。ほんとうに欲しければ、自分で選んで、ほんとうに自 分がほしいものを自分のカネで買う。上客が、そして、まともな一般客が求めているのは、ガラクタのオマケ、口先だけのお得感なんかではなく、ムダのない安 さ、価格に見合うサービスだ。マイレージやポイントなんかで客を囲い込めばいいなんて考えている企業は、その本業の商品そのもので勝負する覚悟に欠けてい る。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレ ビ!』ブレイン。専門 は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソ ン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

大塚家具は問い方が間違っている

/戦後の親は長生きで、変化の対応は急務だ。だが、連続か、変革か、を争うのは、問い方が間違っている。変革は必要だ。しかし、連続も絶対だ。/

 大塚家具の娘社長のやり方は、現場経験の乏しい新人コンサルがハマる間違いの典型。新人コンサルは、どちらが正しいか、を問う。だが、論理は、無 時間的で、そこには、勝ち負けしかない。彼女が間違った問いを仕掛けた時点で、父会長一派を窮地に追い込み、会社をこのような断絶の事態に至らしめること は予測に難くなかった。

 どちらの戦術が正しいか、を問うなら、娘社長が正しいに決まっている。時代は変わる。デパートがどこも 縮小撤退策しか立てられない現在になお、デパートを追い、それに並ぼうとする父会長の戦術は、もはや時代錯誤としか言いようがない。まして、父は、娘が一 橋の塩野谷ゼミ出身である、ということが経済界で持つ意味も理解できていない。この状況でプロキシファイトもないものだろう。

  だが、娘社長も、いかにもシロウトくさい。問いの立て方を完全に間違えた。自分の戦術が正しいことは、社長なる以前の大前提。彼女が社長となって問うべき だったのは、どうやって会社を正しい戦術に連続的に導くか、だ。机上では、方針転換も、組織改革も、一瞬でできる。だが、現実の組織は、従業員も、取引元 も、顧客も、みな人間だ。会社を変える、ということは、彼らの生き方を、それどころか彼らの家族の人生までも変えてしまう、ということだ。誰だって、自分 の人生を他人に勝手に振り回されたりしたくはない。だから、変革の美名の下に、傲慢な強権を発動すれば、求心力は急激に低下してしまう。それをやって乗り 切れるだけの人望も確立していない、それどころか、危難にいっしょに飛び込んでもらえるほどの信頼が必要だ、ということすらわかっていなかったのではない か。

 塩ひとつまみを煮出すのに、七つの海を沸騰させるな。これは、経営の常識。イトーヨーカドーが全店舗をいきなり24時間営 業のセブンイレブンに改装したら、コンビニというものは絶対に成功しなかっただろう。同じ世襲でも、トヨタが織機から自動車へ、カネボウが紡績から化粧品 へシフトするとき、豊田喜一郎(現場現物主義)や武藤絲治(GK計画)は、創業者の親以上にこまめに内外に出向き、その途中のステップの連続的展開にこそ 気を配った。過去の成功体験が強固であればあるほど、現場の顧客、従業員、取引元、株主、等々、これらの周到な根回し無しには、小さな実験的子会社さえ作 ることはできない。

 プロのコンサルの場合、何が正しいか、以前に、社内外の利害関係者「forces at work」の洗い出しから始める。これを先にやらないと、誰が本当のクライアントなのか、誰のための解決策を出すべきなのか、正しさそのものが定義できな いからだ。とりあえずの理想は、全方一両得のWinWin、いわゆるパレート最適化。だが、そうもいかない、どうしてもパラダイムのブレイクスルーが必要 であるとなれば、どの手順で、どこを抑え、どうやって向こう岸までたどり着くか、数年がかりの工程表を作る。これが「戦略」。

  たとえいま父会長が勝ったとしても、いずれは、かならず死去する。相続分割では娘派にも株式が移動する。だから、長期的には会長=長男派には勝ち目が無 い。だが、娘社長にしても、今回のことは、あきかな経営の失策であり、たとえ勝ったとしても、やはり、接客技術を中心として地位を築いてきた中堅以上の従 業員や、特権気取りの長年の会員制の優良大口顧客との信頼関係は失われ、経営的なダメージは計り知れない。金融機関などとしては、創業者一族には持ち株会 社を作らせて、父娘双方とも、経営の一線からは退かせ、それぞれの子飼いで分社化し、そのそれぞれに外部から招いた第三者の経営陣を据える、ということに なるだろう。

 同じような親子対立は、赤福をはじめとして、戦後企業のあちこちで起こってきている。親の会社は相続できても、親 の人望まで相続できるわけではない。いかに正論でも、自分自身に人望がなければ、人は変革に付いて来てはくれない。くわえて、まずいことに、戦後の親は長 生きで、変化の対応は急務だ。だが、連続か、変革か、を争うのは、問い方が間違っている。変革は必要だ。しかし、連続も絶対だ。


(大阪芸術 大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メ ディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファン ド「英雄」運用報告書』などがある。)

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