/消費税8%は、貯金の余裕のない世帯にとって、生涯賃金総資産が9年で半減するほどのマイナス金利を食らっているのと同じ。上層や企業からも貯金や預金を吐き出させるためには、消費税を超えるところまでマイナス金利(貨幣資産課税)を上げなければならない。しかし、必要も見込も無いのに消費や投資を強いられ、貯金もできないとなると、あとは脱経済生活を目指すしかあるまい。/


 マイナス金利の政策としての意義はさておき、マイナス金利が妥当とされてしまう経済状況は、どこへ向かっているのか。


 通常、金利はプラスだ。カネは使ってこそ財が得られる。そして、いま使いたい人の方が多いから、自分は使わないで人に貸してくれる人に御礼、つまり金利が付く。これに対して、マイナス金利ということは、いま使いたくない人の方が多く、人から借りてまで使ってくれる者の方に御礼が付く。


 この御礼、つまり金利は、いま自分が使えば、それくらいの利潤があってしかるべき、という損得ぎりぎりの数値まで上がって均衡する。たとえば、バブルのときのように、いま早く投資しておけば、これくらいはだれでも当然に儲かるはず、というぎりぎりのところまで金利は上昇する。これが逆にマイナス金利だと、いま使えば、これくらいの損はやむをえない、と市場がみなしている、ということだ。


 金利計算では「72の法則」が便利。年利x倍増年数=72。10年で倍にするには、年利7.2%の複利運用、ということになる。実際、バブルのころは、これくらいだった。一方、サラ金の上限18%だと、4年で借金が倍になる。さて、マイナス金利の場合でも、この計算は成り立つ。マイナス7.2%だと、10年で半減。


 マイナス金利導入で騒いでいるが、じつはすでに消費税がマイナス金利の同類。使わなければ、10万円は10万円。しかし、10万円を使うと、消費税8%だから、8000円の「罰金」を食らう。通常なら、加熱しすぎた消費を抑制するブレーキとして消費税を使う。だが、支出が最低限の生活必需品ばかりで、この消費全般に恒常的にかかってきている、ということは、収入の全額を支出して消費税を食らっている、貯金の余裕も無く、なにかしらのローンを負っている中下層世帯は、実質的には複利で、9年で生涯賃金総資産が半減していっているのと同じ。上層世帯や企業も、ちょっとやそっとマイナス金利のアクセルを踏んででもカネを使わないのは、フローの支出で消費税の罰金を食らうより、多少のマイナス金利で引かれても、元がストックとして残る貯金や預金の方がまだましだから。鞭と鞭で、マイナス金利(貨幣資産課税)が消費税より大きくなったとき、ようやく、どのみち損なら、損の小さい方、つまり、貯金や預金より消費や投資、ということになる。


 しかし、貯金もできない、となると、生活保護受給者と同様、ヘタに稼ぐだけバカバカしい。カネは、ババ。必要以上に稼がない、持たない、残さない、ということに。いや、現物資産、金や不動産なら、という連中もいる。だが、金なんて、もっとも個人で使用価値が無い。まして不動産など、通貨がバカになって、流動性、換金性を失えば、それこそ権利登記上の空理空論。戦後の焼け跡のように実効支配するやつが出てきてしまう。


 実際、ほんの二百年前まで、経済なんて、そんなものだった。19世紀半ばに大量生産の工業資本主義が出てきて、生産規模を早く拡大したやつがウイナーテイクオールということになったからこそ、金融資本主義が庶民の小銭までかき集めて采配を握った。しかし、現在のように、何をやってもダメ、たいていはマイナス金利相当に損をするだろう、というほど、市場の平準的な見込が冷え込んでしまっていると、どうにもならない。量産効果に代わる投資根拠が無いのだ。


 取引自体、戦後の焼け跡のように、直接に普遍的な使用価値のあるもの、米やイモの物々交換が主流に戻るだろう。金や権利証より今日の飯。だから、いまやるなら、開墾か。幕末から明治初期、幕府・政府が米本位から金本位に切り替えるまで、かなり手間取ったように、米やイモの物々交換の管理監督体制ができるまでには、相当の時間がかかる。しかし、苦労して開墾したところで、どこぞの原子力発電所が放射能でも撒き散らせば、一巻の終わり。自己管理できないリスクが大きすぎる。


 今の時代、なるようにしかならない、ヘタに動けば、動いただけ、消費税その他の罰を食らう。明るい見込も立たないのに、あえてリスクを背負うことは無い。なにもしない、というのが合理的な最善の経済選択。中世や近世が驚異の安定的停滞であったように、人間はリスクを取って未来に投資するものだ、などという前提は、リスクを超えるチャンスがあった20世紀のみの妄想。なのに、いまだにその古い妄想を盲信し、消費税だ、マイナス金利だ、と、必要も見込も無いのに消費や投資へカネを吐き出させようとすれば、いよいよ末期の息の根まで吐き出させるだけ。


ここまで各国政府が新時代、ポスト資本主義に無策無能となると、その悪影響をできるだけ回避すべく、庭を耕して体を動かし、釣りや野草摘みを楽しみ、御近所さんと物々交換をして、縁側でネコを撫でながら、旧友と将棋でも指して暮らす、「豊かな無職」の脱経済生活を目指すしかあるまい。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソ ン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)